
いろいろ。
※いずれ写真ページも作りますが、とりあえず今は旧ページへ。
一体いつ頃からだろう。僕が空を飛びたいと強く思い始めたのは・・・。
空を飛ぶ。これは人類が長年追い求めてきた事であり、現在では「飛行機」という名の乗り物で空を飛べるようになった。しかし、僕はより自分の力で、そう、ドラ○ンボールのように自由に空を飛べるようになりたかった。そのためか、僕は寝ているとき、何度も空を飛ぶ夢を見た。それこそドラ○ンボールのように自由に空を飛んだり、もしくは空中で必死に平泳ぎをして見たり・・・。
しかし、僕がその日体験した感覚は、そのどちらとも違っていた。
2004年8月11日。僕は山上げのNASAバスに揺られながら、いままでの講習の事を思い出していた。10ヶ月の講習では辛い事ばかりだった。上野さんに怒られ、叱られ・・・。しかし、そういう風に厳しくされたことでさえ、こうして初飛びを迎えられた今となっては、懐かしくも、ちょっぴり嬉しくもあった。そして、「ようやくここまできたんだ」という喜びが、沸々とわいていた。
しかし、いざテイクオフに立つと、その喜びはどこかにいってしまった。見学の時にはさほど思わなかったが、いざこれから自分が飛ぶと思うと、その高さと風の強さに圧倒されてしまった。緊張と恐怖心で頭は真っ白になり、手足はがくがくと震えて、機体もうまくセットアップできなかった。(テイクオフで応援してくれた、かっと曰く、どうやらセットアップに30分くらいかかっていたらしい)
ようやく準備が整い、ついに飛ぶときがきた。僕は緊張や恐怖心をはねのけるつもりで、大きな声で「いきます!」と叫び、走り出した。
僕の頭の中は真っ白だったが、なんとか自覚できた。
・・・・・僕は飛んでいた・・・・・。
なんだか自分が空気の中に吸い込まれ、そして溶け込んでいく、そんな感じだった。1分くらいたって、ようやく意識がはっきりしてきた。聞こえるのは無線の声と風の音だけ。空はとても静かだった。目の前に広がるのは広大な茨城県の風景。僕は心を打たれた。
しかしそのあと、また先ほどの恐怖心がよみがえってきた。僕は高所恐怖症というわけではないのだが、それでも自分が今とても高いところに浮いていると思うと、やはり怖くなってしまったのだ。無線で北野さんも太田さんも「とても落ち着いているね」といってくれたが、僕は全然落ち着いてなんかいなかった。
ランディングにある程度近づいた時、太田さんが無線で、
「風が北風になっちゃったから北アプローチで入ってこよう」
といった。しかし、ふたたび頭が真っ白になっていた僕は、
「北アプローチってどうやるんだっけ?っていうか北ってどっち?」
という始末だった。
それでも、太田さんの指示どおりターンを描き、なんとかやってのけた。最後は減速しすぎて、半分ボディランになってしまったが、無事に降りる事ができた。
降りた直後は、喜びより、無事に降りられたことによる安心感のほうが大きかったが、太田さんや北野さん、そして上野さんと握手をしたりすると、ようやく喜びがこみ上げてきた。夕飯にむかうバンに乗っているころには、僕は喜びでいっぱいだった。
僕がSylphに入ったのは去年の10月。皆よりも半年遅れての入部だった。僕はそのことを何度も後悔した。まわりの仲間が次々と初飛びするなかで、自分はまだ始めたばかり・・・。
僕はつい最近まで、人に「ハンググライダーをやっている」とは言いにくかった。言うと、そういうコンプレックスを否が応でも実感せざるを得なかったからだ。いまでも、半年遅れへの後悔がないといえば嘘になる。だが、今は飛ぶのが楽しくて楽しくてたまらない。コンプレックスの方は完全に消え去った。
いまなら言える。人に「趣味はなんですか?」と聞かれたとき、僕は迷わずにこう答えるだろう。
「ハンググライダーです! 空を飛んでいます!」
スターターのOKがでて、ホールドして走った。
ぶわってなって浮いた。
したらぐんぐん進んだ。
チラッと下を見たら林が下のほうに見えた。
あー、あたし今飛んでるんだー
と、ぼーっと思った。
緊張しすぎて真っ白になった頭の中
まったく自分が飛んでるという実感が無かった。
ふと気づいてたら誘導が聞こえてきたから
慌ててその通りにコントロールした。
講習より速度がでてて怖くて思い切りフレアーができなかった。
夕方ということもあり、沢山の人が集まってきてくれて嬉しかった。
でもやっぱり、今考えると皆に申し訳ないが「ぼー」と放心状態だった。
ハングを移動させるときに周りの人たちにスパーの部分をおもいきりぶつけてしまった。
ごめんなさい、ごめんなさい
機体を片付けながら、真っ白な頭がじわじわ正気にもどってきて
「あんなに講習で苦労したのに、自分こんなに無感動でよいんかな」
と思えてきた。感動して泣くんじゃないかと思ってたのに、、
夕飯は「アンジェロ」シルフの皆がペスカトーレをご馳走してくれた。
食前酒のマティーニまでご馳走してくれた☆
マティーニ、すっごくすごく美味しかった♪
そこでやっと初飛びの喜びがこみ上げてきた。
飛んだ事も喜びのひとつだけど
そうやって周りの人たちが祝ってくれる、
それがすごく嬉しかった。
講習は8割辛かったし、思うようにできなくって悲しい思いもいっぱいした。
それでも足尾に通えたのは学生の皆がいたからだと思う。
講習で辛くても、皆と居る昼休みやバンの中は楽しかった。
だから旦那が来ないときでも、一人で足尾に通えた。
学生サークルに入ってよかったと心底思う。
これからも皆と年齢関係なく
よきライバルとして張り合って頑張っていきたいと思う。
サークルに入れてくれてありがとう
そして、これからもヨロシク!
2003年5月3日
約一年に渡る長き講習を終え、自分はその日遂に空を飛んだ。4ヶ月以上たった今でもあの日のことはリアルに覚えている。空を飛んだのである。それは飛行機に乗って空を飛ぶのとは訳が違う。文字通り“飛んだ”のである。そんな日のことを忘れる訳がない。
それは良く晴れた日であった。
いつもより30分ほど遅れての講習会場入り。しかし、講習会場に人影はない。多少の違和感を感じつつもいつものように機体の準備をしに庵の中に入る。
「むっ」
人。人。人。
そこには数え切れないほどの人があふれ返っていた。それもそのはず、その日は各大学合同開催のGW合宿の初日である。一年前の自分を思い出しノスタルジーに浸ると同時に初飛びできるかの不安がよぎる。そんな不安を隠すかのように
「どーも、講習会場の主のキノピーで〜す」
と、のんきな事を言いながら、ハーネスの準備を始める。インストラクターの兼高さんが講習生たちを集め体重分けをしているのを、横目に
「自機使っていいですか」
と言い、答えを確認せず、おもむろに愛しのSTEADYをかつぎあげ、一足先に準備を始める。はた迷惑な男である。
機体を組み終わったら、またも兼高さんの指示を仰がず勝手に上段に上がる。はた迷惑な男である。そして、しばらく待機した後、直線を1本やる。
「うん。良いでしょう」
そのまま間髪置かず再び上段に上がり、S字を1本やる。
「はい、じゃあ木下機体片付けよう」
来た。来た。来た。いよいよである。半ば追い出されるような形ではあるが、講習は卒業できたようである。
後輩の志村、片桐、津田、小林が近づいてきて口々に言う。
「初飛びっすか。初飛びすっか」
その言葉に自身もテンションが上がり、その場に居た初対面の他大の1年生に話しかけまくる。
「オレ、初飛びだから。オレ、初飛びだから」
皆、引きつった顔でリアクションに困っている。迷惑極まりない手前勝手な男である。
そして、ショップで軽く説明を受け、しばらく待機した後、シャチョーの運転するナサバスでいざ戦場へ。
(めんどくさいんで中略)
それまで、大勢居た人も疎らになり、残すはリフライトの人が数名と初飛びの自分と森本である。スターターの城所さんが抑揚のない声で言った。
「風も安定してきたし初飛び行ってみようか」
自分と森本の二人が呼ばれ、無線誘導の手順について簡単に説明を受ける。説明を受けながら、何度もその状況を頭の中でイメージしてみる。イメージしてはみるものの、全くイメージできない。おかしなことを言ってるかもしれないが、イメージしようにもイメージのしようがないのだ。何せ過去の人生で体感した事のない未知の世界である。だったら、いっそのことイメージしなければ良いのかもしれない。そう思い、うだうだ考えるのは止めた。
そして、機体からだらりとぶら下がったフローターハーネスを身にまといゆっくりと立ち上がった。
風は安定してきたと言うが、講習所では体験した事のないくらいの強風であった。機体を担いでT.O.の斜面まで移動するのだが、その移動もままならない。それまで、何気なく運んでいた機体がどうしようもなく重い。先輩の麦島さん等の手を借りやっとの思いで斜面の前に到達する。
ハングチェック、無線チェックといった事務的な作業を済ませると、城所さんの
「じゃあ、ホールドして」
と言う声が聞こえてきた。おそらくこういった現場は何度も経験してきたのだろう。抑揚のない事務的な声だった。
言われた通りにホールドをする。
どくんっ。
鼓動が高まる。明らかに緊張している。明らかに興奮している。それは緊張でも興奮でもない、今までに経験した事のない感情だったのかもしれない。
大きく空気を吸った。
大きく空気を吸った。
大きく空気を吸った。
三度の深呼吸で気持ちは楽になった。
「もう、出て良いんですか」
「うん。いつでも良いよ」
、、、
「行きます」
静かだった、、、
とても静かだった、、、
風の音が聞こえた、、、
風の声が聴こえた、、、
。
た。
いた。
でいた。
んでいた。
飛んでいた。
は飛んでいた。
れは飛んでいた。
おれは飛んでいた。
紛れもなくおれは飛んでいた。
おれは飛んでいる。おれの脳がそう思った。
おれは飛んでいる。おれの心臓がそう思った。
おれは飛んでいる。おれの腕がそう思った。
おれは飛んでいる。おれの足がそう思った。
おれは飛んでいる。おれの全身がそう思った。
おれの全身の細胞がそう思った。そう感じていた。
時間にしたら5分に達するかどうかの世界であっただろう。しかし、その時間は無限にも思えた。
長い長い飛行を終え再び足が地に付いたとき、多くの人が駆け寄ってきてくれた。皆笑っていた。
それは良く晴れた日であった、、、
※この文章は作家夢枕獏の影響がかなり大きいです
2003年9月9日執筆
2001年10月14日
この日、ようやくなが〜い講習時代が終わろうとしていた。
何週間か前、技術的には講習卒業といってもらった。ところが、その日の次の日は1日中待っても初飛びを出してもらえるような条件にはならなかった。その週はもう残れず、泣く泣く帰った。そのため期間があいてしまったので、前日は調整から始めなければならなかった。不幸な事に、その日の講習場にはいい風が入ってきていなくて2、3本しか飛べない。技術的には特に問題ないし待っていてもしょうがないだろうということで、ようやく3時頃山行きのお許しが出た。ちょっとは期待して飛べることを祈ったがその日も出られず。みんな飛んでしまい寂しくなったTOで機体を片付けた。
その次の日であった。フローターの人もじゃんじゃん出て行くようなコンディション。しかし出してはもらえない。初飛びには荒れすぎているとの事。ちょっとくやしい。今日こそはと思えた天気であったのだが。講習時代に十分練習したし、テイクオフには多少の自信はあったものの、さすがに初めて山から飛ぶという事で、少しは緊張していた。そんな緊張もこれだけ待たされると、もう薄らぐというくらい待たされた気分であった。さすがに待ちくたびれた3時頃、もしかしたら行けそうかも、とのこと。早速急いで支度にかかる。今日こそ飛ばしてくれと願いながら。
どうやらいつでも行けるくらいになってきたらしい。いよいよだ。落ち着いているフリをしながらグライダーを持ってテイクオフへ。目の前にはV字の斜面。そのずっと向こうにLDを確認する。緊張しなかったとはいえ、いざここに立つとさすがに気が引き締まった。いつでも出ていいよ、とスターターの照田さん。ゆっくりホールドし、一呼吸おいて走り出した。講習場より急な斜面だったので、意外に楽にういた。応援の声を背中で聞きながらようやく山から飛びたてたという嬉しさを、つるされた体から感じた。
今の今まで周りにいた人がいなくなり、一人ぼっちになった気がした。みんなの声もすぐに聞こえなくなり風の音だけになってしまった。説明を聞いていたものの、どうやって降りればいいのか全然分からない。そばに誰もいないのだ。不安と寂しさが押し寄せてきた。無線から聞こえてくる誘導の声だけが頼り。なぜかシャチョーの声に答えてしまう。自分を落ち着けるためだろうか。コントロールできなくなるから肩がガチガチにならないようにとのアドバイスをもらっていたので、体は力を抜いていたのだけれど、もういっぱいいっぱい。LDを凝視しながら、何もしていないのに突然片翼だけ浮いたりして以外にぐらぐら揺れるグライダーを必死で修正して一直線にそこへ向かう。わずかにあった余裕の間にちょっと視線をずらしてみる。始めのあたりはずっと森だ。斜面は下っているので、体感高度は高くなっていく。木の高さがあまり感じられない。模型によくあるあの綿のような森のようだった。小さい。ゆっくり過ぎていく景色、地面についていない足の先、正面から吹き続ける風とその音。本当に飛んでいるという証拠だった。
何も考えられずに飛んでいるうちにいつの間にか森を抜けていた。そのあと講習場の真上を飛ぶ。あっついなか何度も何度も登った斜面がずっと下に見える。これでやっとあそこから解放される。嬉しかった。もうあのような苦労はしなくてもいいのである。講習場の誰かがテイクオフしたのが見えた。思い返してみれば講習時代にはあんな事もこんな事も…とも思い返しきれていない間に、LDは迫って来て高度処理の指示が聞こえてくる。180°ターンのこのバンク。講習場ではこんなにかける事はなかったので何か新鮮だった。ぐるっとまわる時のG感覚が快い。調子に乗って何回目かにはもっと角度をつけてみたりした。ターンの時のビューという風切り音を聞いているとなぜか嬉しかった。
そうして誘導の指示のままに飛んでいると、いつの間にかファイナルターンも終わりあとは直線。講習場のときと同じだ。ここからはいつも通り。フレアも決まった。地面に足がつくと同時に周りから押さえつけていた空気がすっと緩まったような感覚を受けた。興奮していたのと頭の中がいっぱいの状態で飛び続けていたのとで、降りたときは今までどんなふうに飛んでいたのかぼーっとしてはっきりと思い出せなかった。
降りたときかけ付けて来てくれた人たちと写真を撮ったけれど、その間も、無事降りられた安心感と空を飛べた嬉しさでいっぱいだった。正直いうと初飛びの内容はあんまり覚えてはいない。これもどう飛んでいたか、かすんだ記憶をたどりながら書いている。
この初飛びのあと、もう日が暮れていきそうな時間であったけれど急いでTOへ上がりダッシュでセットアップ。シャチョーの初飛び警戒超慎重モードも緩和されていたし、天気の条件もよかったのですぐに出してもらえた。さっきの初飛びで、飛ぶという事がどんなものなのかは一通り分かったので、今回はある程度余裕があった。しかもさっきの初飛びよりもずっと安定したコンディションだった。手放しでも平気なくらい。景色を楽しむ暇が十分あったので、飛んでいる間ぐるっと見回してみた。晴れているのでずっと遠くまで見渡せる。長〜い地平線が走っている。ぼんやりと曇っているけれど。飛んでいるのが気持ち良かった。さらに、みぎのちょっと後ろからは、オレンジ色に光る夕日が差してきていた。これをみながら、今日の飛びはここまでと感じたけれど、同時に言いようのない満足感もこみ上げてきた。落ち着いた雰囲気のなかで優雅な気分のフライトだった。
講習時代も憧れのハンググライダーをやっているんだという楽しさがあったけれど、今回山から飛んでみて、一段レベルアップした楽しさを感じることができた。そして、これからは一段と楽しいフライトが待っているぞという期待を胸に、ハングを片しにかかったのだった。もう暗くなり始めていた。しかしまだフローターハーネスが始まったばかり。これから何段でもレベルアップする楽しさがあることまでは実感できていなかった。
9月30日。空はどんよりと曇っていた。パラフライヤーをぎっしり詰め込んだバンは曲がりくねった山道を進んでいた。私は運転席と助手席の間のシートに座ってだたひたすら体のゆれを最小限にとどめることに従事していた。初飛びしちゃっていいのかなあ。ぼんやり考える。講習場では、ハーネスへの座り方も180度ターンもやったことがない。私ができることといえば、ラインチェックと頼りないテイクオフ、そしてフレアーのみだった。しかも私は自分の立ち上げのどこかに問題点があるか判らなかった。桜井さんはいつも言葉少なだったので。
テイクオフに着いた。 調節のためにぶら下げたハーネスの上で、ひたすら右ターンと左ターン、ハーネスへの座り方と立ち方を模擬練習していた。白い空に機体が次々に飛び立っていく。私が一番恐れていたのは立ち上げに失敗することだった。走り出した瞬間右と左のバランスがおかしいと感じ、機体が大きく傾き……やり直し。 夏の合宿のとき、立ち上げに失敗して頭上で機体が旋回し、覆い被さってきたラインで首を浅く切ったことがある。あれ以来必ず首に何か巻くことにしていた。最悪の事態はこれを繰り返すことである。それだけはいやだなあ。それさえうまくいけばあとはどうにかなるでしょ。はっきり言って、待っている間私の頭にあったのはそれだけだった。
「じゃあ準備してね」
タゴヤさんにそう言われた時はたと困った。無線とリボンと機体を詰めてきたリュック。何をどうするのか知らないのだ。タゴヤさんは離れた所にいるし……。2時という中途半端な時間に上がってきた私は、Sylphの誰にも初飛びをするとは言っていなかった。だからここに長島先輩が偶然いたことと、さらにカメラが存在したことは、運がいいとしか言いようがなかった。途方に暮れていたところ先輩と目が合った。
「あれ?初飛び?」
「はい」
おそらく先輩はかなりびっくりしたに違いない。
「えっ……!?」
「あの、無線とかリボンとかどうすればいいのか判らないんですけど……」
非常に間の抜けた質問だったけれど、先輩の実に手早い準備によって私の用意は完了した。(本当にありがとうございました。)天気は引き続き良くなかった。厚い雲に加えわずかに雨粒が落ちてきた。さらに困ったことにこれから飛び立つという実感が全く湧いてこない。それは今に始まったことではない。日頃の講習中もテイクオフに来てからも、私はいつも(本当に飛べるんだろうか)と考えていた。別に講習でうまくいかないとか不安とかでなく、その実感のなさは最初から私につきまとっていた。
「じゃあ次行こうか。」
タゴヤさんの言葉に振り返ってラインが絡まっていないか確認する。無線は入っている。機体はきれいに広がっている。ベルトは締まっている。
「深呼吸して」
言われてすうっと息を吸い込んだ。
「行きます」
私は木が空を切り取ったようなV字谷目指して走り出した。ひたすら全力で。
「OK」
というタゴヤさんの声と、感触で機体が無事立ち上がったのがわかった。(ああよかった)そう思うと、体がぐぐっと持ち上げられて右足が最後の一蹴りで地面を離れた。体がかなりのスピードで、谷を飛び出していった。別世界に飛び出したように視界が開けた。思わずため息をついた。きれいだ。
「うん。後藤さんいい感じでいってるね。そのまままっすぐ進んでみよう」
無線の声がなくなると、風を切る音がかすかにするだけで空の上はとても静かだった。意外だった。何も聴こえない。静かで気持ちが良かった。私、やっと飛んだんだ。そう思った。小さい頃から飛びたくてしかたがなかった。初めて飛びたいと思ったときから、もう何年も経っている。曇りだったせいで下に広がる森は、とても細かい真珠を飾りつけたみたいにかすんで見えた。昔写真で見た鳥瞰図に似ている。でもそれが今はもっとクリアだ。
「じゃあハーネスに座ってみようか」
実はこれを楽しみにしていた。 待ってましたという感じで、「座って……」のあたりで勢い良くブレイクコードを離していた。ちょっと勢いが良すぎたかもしれない。飛ぶ前に、座るときはブレイクコードを離すのだと聞いたとき妙に安心した。離していても機体がある程度真っ直ぐ飛ぶということが判って心強かったのだ。座ると体はすっかり安定して宙に浮いているのが判らないほどだった。わざと足を伸ばしてスニーカーと地面の高さを比べてみる。空気を切るようにグライダーと体が進んでいく。遠く下に、狭い囲いの中に牛がたくさんいるのが見えて微笑ましい。ランディングの横に講習場があるのがわかり、初めて足尾の地理感覚がつかめた。
「オレが手振ってるのわかる?」
宮田さんの声でランディングの真ん中を見ると、小さな影が両手を振っているのが判った。失礼かもしれないが、なんだか可愛い……。講習場についさっきまで一緒に講習をしていた羽石さんが見えた。緑のジャージを着て、オレンジ色のグライダーを懸命に広げている。思わず、おーいと叫びそうになった。だが、我慢する。その間に無線が来たら困るし、ランディングにまで聞こえるのでは何となく気がひける。風向きのせいで、普段とは違う西アプローチでランディングに入った。左右のターンは無線通りにすればよく、高度はあっさり下がった。フレアでぐっと体が落ちて重力を感じて、右足が久し振りに地面に着いた。
「おめでとう」
宮田さんが右手を差し出したのであわてて軍手をはずした。しっかりとした握手で初飛びを実感した。すごくうれしくて顔がほころばずにはいられない。機体を背負って歩き出した。 飛んだんだ。やっと初飛びした。上を見るとさっき一緒にテイクオフにいた友達が下りて来るところだった。飛ぶのと飛ばないのとでは全然違うなあ。初めて先輩たちが空から何を見ていたか判った。言葉では言えないけれど、初飛びという通過儀礼の前後では、全然違うのだ。自分が違うのか世界が違うのかわからないけれど。
(とにかく)、
たたんだ機体を車に積みながら思った。
(人間飛ばないと損みたい。)
いまから僕の初飛び体験について書かせてもらうわけだが、その感動を伝えるためにここで少しそこに至るまでの苦労を述べさせてもらおうと思う。
さる8月13日、その日までに講習会場で右ターンを終えていた僕はその日に計24本連続で右ターン、S字を繰り返し夕方にはチャッキーさんから卒業を言い渡された。この時点で僕は8月中の初飛びを確信していたが、その後ずいぶん引っ張ることになる。
のち9月1日、機体のオーバーホールやナサスカップなどをはさみ、ようやく空を飛べる日がやってきた。その日はちょうどムギの初飛びと重なっており(詳しくは麦島新の場合を参照)、行きのバンの中で一緒に初飛ぼうぜ、みたいなことを話し合っていた。そしてその日の講習会場、ムギはすんなりと3本で山飛び許可が出た(少なくとも僕の目にはそう見えた)のに対し、自分はここ2ヶ月くらいやってなかったノーズクラッシュを、自機になったとたん3回も繰り返し、その日は講習会場で一日中練習する羽目になった。
そしてその日の夕方、沈む夕日とともに失望感にくれる最中、絶望的だと言われていたムギの初飛びができることになったらしい、と聞かされランディングで待っているとムギがテイクオフしたらしい声が無線から聞こえてきた。空を見上げていると薄暗い空の中から一機のグライダーが見えてくる。どうやらあれがムギらしい。そのグライダーは真っ直ぐランディングに向かって、高度処理をしきっちりフレアを決めて地面に降り立った。すぐさま駆け寄るとそこには明らかにテンションのあがったムギがいて、何を聞いても「すごい、すごいんだよ」を繰り返していた。そんなうれしそうな彼を見ているうちになんだか気分が晴れてきて、自分も次回飛べればいいや、という気になってきた。
そしてうざったい前期試験を終えた9月23日、再び講習会場に向かうがこの日は調子がよく午前中で講習を終了し晴れてテイクオフに向かうことができた。テイクオフに着き山のふもとを見てみるとそこには広大な景色が広がっていて、自分も早く飛びたいという気持ちがふつふつと湧いてきた。この時不思議と自分の中に緊張感や恐怖心といったものはほとんどなかったが、唯一不安だったのがテイクオフで、ちゃんと浮いて目の前の森を超えられるかどうかが心配だった。ちょうどそんな時高野さんがテイクオフするところだったので後ろで見させてもらったのだが、結果僕の恐怖のボルテージは一気に上がることになった。尊敬する先輩のことなので詳しくはいえないが、それはそれはアクロバティックなテイクオフで、周りの人達の「あれフローターじゃぜったい落ちてたよなぁ」という会話がいっそう僕をビビらせていた。その日は結局日没によりまた初飛びはお預けとなった。残念ではあったがほんのちょっと安心していたのは誰にも言わなかった。
そうしてとうとう9月27日がやってきた。その日は朝からテイクオフに上がり昼頃には初飛びでも飛べるコンディションになっていた。講習卒業から約一ヵ月半、ようやくテイクオフする斜面の前に立つことができたのだが、今までの経験からすでに緊張することもなくなっていた。「行きます」の一声とともにすんなりテイクオフするとすぐに風で機体が吹き上げられどんどん山のふもとへと進んでいく。このときの感じはなんともいい表しにくいのだが、何か不思議な感じがした。なにしろ自分の足が地面についていないのだ、そして自分の意志で機体の進む方向が決まりしかも制約なしに動くことができるのだ。これは今までにまったく体験したことのない気分だったのではっきりとは言えないが、ただ一つ言えるのは知らず知らずのうちに普段では考えられないほど自分のテンションが上がっていたということだ。テイクオフしてすぐに「よっしゃーーー」と叫びスターターの大田さんの失笑をかっていた。でもそんなことは気にならないほど僕は晴れ晴れとした開放感の中にあったのだ。
そのうち機体が安定してくると今度は山を上がるバンの中で聞いたエレファントカシマシの曲を大声で歌いまくった。帰りにアルバムを借りたのは言うまでもない。そうこうしているうちにランディングに近づき無難にフレアを決めて着地するとランディングで先に飛んでいた皆が駆け寄ってきてくれた。まだテンションが上がりきっていた僕は、「おめでとう」といってくれる人一人一人に「ありがとうございます、ありがとうございます」と何故か感謝の言葉を繰り返していた。この時にはもうそれまで初飛びを伸ばし伸ばしにしてきた、もやもやした気分を一気に吹き飛ばしていたのだった。この日の夜におごってもらった魚八のカキフライ定食は今まで食べたどんな夕食よりも美味しかった。
今これを書いていて思うのだが、本当にこのとき以上のなんともいえない開放感を味わったことは今まで一回もない思う。もし空を飛んだことがない人がこれを読んでくれているなら絶対にこの感覚を味わって見たほうがいい。そこには人生で初めての体験が待っているだろうから……。
飛ぶことは素晴らしい。風をきる感覚が気持ちいいとか、景色が素晴らしいとか、そういったことも確かにいい。しかしそういったことと別に、飛ぶことによって空という見知らぬ世界に行けることが無上に素晴らしい。
高野さんに朝、バンをだしてもらい、九時ごろ足尾に着いた。すでに卒業はしてたのでとりあえず講習場で直線をやることになる。一二本きっちり決めてサクッと山行こっ。と思いきや一本目で大失敗。
いきなり左にとられて、あわてて減速。無理やり機体を浮かせてからグイっと右に修正。ひどいコントロールです。チャッキーさんも苦笑い…。(あとあと考えるとこれが初飛びじゃなくてほんとよかった。)まぁその後二本きっちりきめて山に行くことに。
ハーネスやらスピードメーターやらを生井さんにそろえてもらった後、講習場から機体をとって来た。準備完了。上がるバンがなかったので少し待つ事にした。いや〜。ついにここまできたかぁ。 今思うとけっして楽しいことだけではなかった講習の日々が思い出された。何度やっても思うように体重移動ができず、中段から飛ぶも右に突っ込む。そしてまたグラハンに戻る。地道にグラハン。なんとか中段に戻してもらうが、うまくテイクオフできない。ようやく体が浮くも、やっぱり体重移動がうまくできてないのでまた右に突っ込む。(のちのイックン評によると、講習機に突っ込んでいくムギの姿は自爆テロそのものとのこと)そんなことを何週も繰り返していた。それだけに今日はうれしすぎる。緊張よりも期待で胸いっぱい。そんなこんなでテイクオフに11時半ごろ到着。めっちゃ東風。きっつい東風。風が弱まるまでウェイティングということに。一時間二時間と過ぎ、いつのまにやら5時間経過。依然として風はかなり強め。と、いうよりさっきより強くなってる。今日は無理かなぁ。このときオイラのあきらメーターは50%ほど。
「高野さん、今日はやっぱり無理っぽいですかねぇ?」
「99.5%むりだな。」
私は高野さんを信用しきってるので、あきらメーターはいっきに99.5%に。だめだろうなぁとは思いつつも5時までは待つ事にする。あ〜ぁ。今日飛べないと前期の期末始まっちゃうからしばらく来れないんだよね…。
私が、今日の初飛びをあきらめようとしたその時、奇跡は起こった。突然私の目の前に白い妖精が舞い降り、そして言った。
「私は風の妖精Sylph。ムギちゃんは今日スコンブにパンをわけてあげましたね。あなたはやさしい子です。ごほうびにひとつだけ願いをかなえてあげましょう。」
「ほ、ほんとですか。じゃ、じゃあこの風を少し、ほんの少しでいいから弱めてください。」
****すいません。ついファンタジー要素を入れたくなってしまいました。*****
風の妖精に願いが届いたかはともかくとして、確かに風は弱まってきていた。みんな次々飛んで行き、テイクオフは私とスターターのシゲトさんだけになった。多少弱くなったとはいえまだやはり風は強かった。しかしシゲトさんは
「じゃあ、ちょっとまだ風強いけどホールドできたらいこうか。」
と。まじで!よしっ!飛べるのか。
いままでほとんどあきらめてただけに一気に気を引きしめる。不安が急に芽生え始めてきた。まだ気持ちは整理されていなかったが今行くしかない。
ホールドするものの、覚悟を決めていこうとすると機体がかたむく。再びホールドするが強風のためホールドが保ってられない。何分か悪戦苦闘したのち私はシゲトさんに力強く言った。
「次、ホールドできたら行きます!」
ホールド。すでに機体が浮いてきた。行けっ!行けっ!行くぞ!
半ば腹をくくって、勢いにまかせて足を踏み出した。
そして僕はテイクオフした。(このときの感情は言葉にしようがないものがあった。)必死に無線を聞いてV字をぬけた。そこには見たことのない光景がひろがっていた。そして無事にテイクオフできた安堵感とともに感動が次から次へとおそってきた。うれしい!すげぇ!すげぇ!たかい!ひろい!うれしい!すげぇ!
なんと凝縮された時間だっただろうか。たかが5分ほどのフライトであったがこれほど長く感じた5分があっただろうか。アプローチをかきランディング。講習を終えていたみんなが駆け寄ってきた。
「おめでとう。おめでとう」
「どうだった?」
みんなの声がたまらなくあたたかかった。今日一番のうれしさがこみ上げてきた。
2000年12月28日
僕は愛機ファルコン195をがっちりとホールドし、ハンググライダ−のテイクオフ場に立っていた。時刻は午後4時過ぎ。空には雲一つない青空が広がっており、地平線付近ではそれに薄くピンク色がかかっていた。西には夕日のオレンジ色が美しく輝いている。そして、前方の深い緑の谷間を超えたその先には、のどかな黄色と緑の農村の風景がどこまでも広がっていた。
テイクオフ場に吹く穏やかな風。十二月の終わりともなると少し寒いが、大空を目の前に熱く気持ち高ぶる今の僕にとっては、むしろ心地良い風であった。
「この風に乗ろう」
僕は風に約束した。
講習を初めて約8ヶ月。講習日数にして30日以上。今のこの瞬間を今まで何度夢見たことだろうか。ようやく僕は今、この場に立つことが出来たのだ。
この、大空への扉に僕は降り立っていた。
今日は風があまりよくなかった。昼からずっと弱い西風が吹いていたのだ。西風だと追い風になってしまう。ハンググライダ―は、ほどよい向かい風でないと離陸することはできないのだ。これが初飛びである自分はなおさらだ。
20世紀中に初飛びするのは無理か…残念だけど仕方ないことだ。僕はショップから双眼鏡でテイクオフ場の吹流しをうらめしそうに見つめた。そんな僕をあざ笑うかのように、吹流しは東を向いていた。
自然には勝てない。あきらめるしかなかった。せっかくだから見学くらいしようとテイクオフ場へと上った。バンの中では共に講習を卒業した岡田さん・友杉さん達と気楽に会話をしていた。しかし、テイクオフ場に着くと穏やかな東風に変わっている事を知った。
「願いが通じたのか?」
飛べると分かった途端に今までゆっくりと鳴っていた心臓がこの穏やかな風と正反対に激しく波打つのが聞こえた。興奮が止まらない。
「飛べる、飛べるんだ!」
機体を組む自分の心が踊る。期待と緊張と興奮と不安で僕の頭は一杯になっていた。一緒に初飛びするのは早稲田の岡田さんと社会人の友杉さん。その二人がなんなくテイクオフするのを見て、ある程度緊張感がほぐれていた。そして、僕は3人の中で最後の出発となった。
「よし、行っていいぞ!」
チャッキーさんが言った。僕は前方を凝視した。本当にこの空に浮けるのか?分からなかった。戸惑い、迷い、恐怖におののく自分がいた。講習場でまだまだ学ばねばならないことはいっぱいあった。きょうだって午前中の講習はあまりうまく行ったとはいえず、岡野さんにはおまけで卒業させてもらったのだ。不安だった。でもむしろ早く飛び出したいとせかす自分もいた。
もうすでに講習所で、上段から何十本もテイクオフしている。ただ飛び立つ地点が丘か山かの違いだけ…行ける!行けるはずだ!
僕は昔から運動オンチだった。 球技ではサッカーにしろバレーにしろ、いつもチームの足を引っ張ってしまう。ただ走ることすらドリフの走り方だと岡野さんに言われてしまうくらいだった。正直ハンググライダーに乗れるようになるかどうか自信はなかったのだ。パラ転を考えたのは一度だけではない。
でも、そんな僕にも自転車だけは誇れることだった。保育園の頃、補助輪なしの自転車を暇な時に挑戦しいつのまにか乗れるようになっていたという記憶があるのだ。少し前には足尾へ100キロの道のりを自転車で走りきった。
自分をもう一度信じてみよう。そう思った。
「考えすぎず、楽に飛べばいい。飛ぶのは楽しいことなんだから」
最後に岡野さんのその言葉が脳裏に浮かんだ。
目の前が急に明るくなった。雲一つ無い目の前の空のように僕の心にも迷いが消し飛んだ。ええい、どうにでもなれ!
「行きます!」
僕は走った。そこからよく覚えていない。とにかく気がついたら体が宙に浮いていたのだ。
「わーお―――― 」
僕はそう叫んでいたと思う。とにかく何度も叫んでいた。地上からどんどん離れて行く。視界がどんどん広がって行く。体が宙に浮く。汗が流れる。自然と呼吸が激しくなる。体が震える。ぞくぞくする。テイクオフ場とはうってかわり体中に強風が吹きつける。自分は宙に浮いているのだ。
昨日ハングの構造を知った。岡野さんがわずか十分足らずで解体してしまう。パイプと布それに数本のワイヤーとボルトだけで出来た、非常に簡単な作りのハンググライダ―。こんな単純な作りの乗り物で本当に空を飛べるなんて!
それでも恐怖感は無かった。背中に確かな引力を感じていたから。自分は確かにハンググライダ―によって浮いているという実感があったから。人間の英知に感動した。谷間をぬって飛んだ。真下に広がる森をゆうに超えて行く。
「講習場上に向かって飛ぼう」
無線で岡野さんの指示があった。どこだろう?一見どこが講習場か分からなかった。目を凝らして前方の景色を見つめる。あった!
なんてちっぽけなんだろう。僕はふとそう思った。グラハン時代、あんなに憬れていた講習場の丘、高かった緑マット上段、毎回息を切らしてハングをかついで上った上段。それが、まるで幼児が砂場で作った小山のようにちゃちな物に見える。講習場だけではない。ナサのショップも、パラランへの道も、フルーツラインも自転車で足尾へ来たときあんなに長く感じた石岡からの道のりも、地上はまるでそれらがとても正確に作られた模型のようだった。空を飛んでいる自分がなんだか妙に懐かしく感じられる。講習を始めてから8ヶ月?それだけじゃない。もしかしたら僕はずっと昔からこうなることを想像していたのかもしれない。
すこしずつショップ。そしてランディング場が近づいてきた。講習場を超えてアプローチの位置に差し掛かる。ショップの方から歓声が聞こえた。右のコントロールバーを体に引き寄せ、右ターンをかける。機体は次第に右へと旋回し始めた。180度ターン、それは講習場では味わうことの無かったことだ。徐々に深く傾く体に忘れかけていた恐怖感がふつふつと蘇る。深いターンをかけられない!
そのためきれのいいターンが出来ず、どんどんランディング場に近づいてしまっていた。高度処理を終えた頃にはもうランディング場の中央北側にいた。
幸いランディング場の風はほぼ無風なため北から南へのランディングが可能だった。アプローチを失敗したショックが心に残る。心臓の鼓動が早まる。近づいてくる地面に恐怖感を感じる。
僕は深呼吸をした。講習場で何度もやってきたランディングだ。あせることはない。そう心に念じた。徐々に近づいてくる地上に合わせて減速する。機体が徐々にスピードを落としていく。
今だ!僕は思いっきりコントロールバーを両手で持ち上げ、フレアをかけた。体がふわっと浮きあがりそのままストンと地に付いた。両足でしっかりと地を踏みしめた。
みんなが駆け寄ってくる。僕は笑顔で答えた。言葉では言い表せない感動で胸の中が一杯だった。ハンググライダ―を始めて本当によかったと思った。
夕方、僕はショップで無線の講習をうけた。アプローチを含めうまくいかなかったところはいっぱいある。でも、初飛びだからよしとしよう。これからもどんどん飛んで腕を磨いて行けばいい。とにかく安全には気をつけよう。
これからも極楽フライトが待っている!
2000.11.4.Sat
a.m8:00 起床。うめおにぎりとミカンが本日の朝食。
a.m9:30 講習開始。初めて自機を出す。ピンク×黄色のSTEADY15。私の愛しい機体。私なんかよりもっとずっと空を知ってるコや。
1 全然浮かない。ので、CGの位置を後ろに。
2 無難に一本。こんなもんやろ。
34 慣れろ慣れろ。
5 右ターン。テイクオフがうまく行かへんけど結果オーライ。
追い出されるようにして卒業。お疲れ様でしたと有り難うございましたと行って来ますと拍手。岡野さんには大丈夫だってとか言われるが本人いたって不安。最後の右ターンかてテイクオフ成功とは言い難いんちゃうの、と思ってまう。昨日のラストも疲れすぎてテイクオフはヘボヘボ。確実性と自己管理能力に欠ける…?
p.m1:00 機体を片付け終えて昼食。平野さんからもらったヤキソバ。カップでないインスタントのヤキソバは初めて。べーさんの「ふやけたラーメン」にならんよう水少な目で調理。うん。まあまあイケるんとちゃう?
p.m1:30 ハーネス・メット・スプレッターバー・タイヤ・スピードメーター・無線・軍手+リボンを確認。フルセットで機体その他を買ったものの、無線は付いてませんと聞かされててんけど、なんとHGハーネスから発見。電池だけ交換。もうかった。
p.m2:00 シャチョーの車で出発。途中、溝にはまった車を救出。
p.m2:30 T.O到着。
皆がおる。誘導生ばっかり見知った顔だらけ。あー、ついにここまでたどり着いたんやなぁ、と。手伝ってもらって機体を広げる。T.Oからの眺めはキレイ。上弦の月が白かった。講習場は見えへんけどパラL.DとハングL.Dは確認。あそこまで行けばええんか…。
p.m3:20 誘導生もそうでない人も交えて次々とテイクオフ。私はラスト。皆のテイクオフを見てると不安も消える。緊張はしてへんワケやないけど何より嬉しい気持ちが勝ってた。ドキドキ―――ワクワク。T.Oまで来てくれた平野さんからいろいろアドバイス。
p.m4:30 ついに私の順番。が、無線ロックの仕方がわからへん。一時的にロックはされるねんけど…数十秒たつとダイヤルが回ってまう。Fnキー押してLock.合ってるハズやのにあかんやん、これじゃ。コジオさんがガムテープで一応止める。後は勝手に回らんことを祈るだけ。
スターターは鶴見さん。カメラマンは平野さん。コジオさんとあっくんが側におって。
「――行きます」
無難にテイクオフ。
無線もめっちゃ聞こえてます。
飛行姿勢を正して。肩の力を抜いて。手はアップライトに添えるだけ。いつもと、同じ。
が、思わず手に力が入る。何度も何度も深呼吸しつつ手の力を抜く。
右へ左へふらふら。オーバーコントロールで修正もオーバー。
何よりL.Dを右の方と勘違いしてて、右へ右へと進んでく。
石切り場??が前方下に見えた辺で左手にパラL.Dの姿。あれ?んじゃこっちは…ハズレ。
スピードメーターは30ちょい過ぎ。およ?と引いてる力をゆるめる。
目標地点は定まったものの、左へ右へふらふら飛行はまだ続く。
偏流飛行がちゃんとできてへんので右に流されつつ左へ修正、また流されて…の繰り返し。
くねくねした道を進んでるカンジやろか。
耳元で風が鳴ってる。びゅおー。
はるか下は緑色。森や林があんな下に。
前方はかすむ地平線。ちょっと夕焼けがかってる。もうそんな時間やなぁ。
ああ、飛んでるんや――…実感。
おっと、また手に力が入ってるわ。はい、抜いてー。
あっ講習場や!まだやってるんかなぁ…?
でも機体は一機のみ。片付中か。あれはピンクのSTEP15か。おー、誰か走ってるやん…。
L.Dは西アプローチ。L.Dの左端を抜けきってからファイナルターン。
おや、ベンチのとこに人が結構おるな。走ってきてくれるんかな。
"右180°旋回"
ぐぃーーん。
へぇぇこーゆーんをバンクってゆーんかな。おもろいおもろい。ぐぃーーんやって。曲がる曲がる。うっひゃぁ。
あの青いのがターゲットやな。えっじゃあもう戻すべき?
"ハイ 戻して!"
あー、ちょい遅かったな…。んじゃ左に少し寄せて、と。ぐんぐん地面が近づく。
はっは。ターゲットまでは届かへんな。どー考えても。
減速…。あっっ皆走って来たっっ。ニヤリ。
"そこで思いっきりフレアー!走って!"
うぃ!フレアー!すすき野原に着地!で、走る!
本人だけコケる。
すすきに引っかかったんかフレアーが決まったんかグライダーは静止。
そこで走ろうとしたためグライダーを引っ張れるわけもなく。あーあ、ヒザが汚れた。
グライダーを持ってとりあえずすすき野原から脱出。
駆け寄ってくる面々。その数、ざっと20人以上。うわぁ幸せ者っ!
でも誰が来たかは覚えてへん。ごめん。
皆で集合写真を3枚くらい撮る。
「感想は?」ってきかれても笑うしかない。
言葉にできひんくらい嬉しすぎて楽しすぎて、ずっと笑ってた。
私の一日はまだ続く…。
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